おもうこと、つくること

このページでは、作品制作や講座の日々の中で感じたこと、
伝えておきたい小さな気づきなどを、日記のように綴っていきます。

何かひとつでも、誰かの心にふれるものがあれば嬉しいです。

目次

講座の相性について

2026/3/2

一回目の受講で
「先生みたいに描けないんですが…」
と言われることがあります。

事前に
「デッサンは一度で描けるようになるものではなく、
あくまでも“入り口”の講座です」
と説明していても、
たった一回でどうにかなると感じてしまう方が少なくありません。

でも本音を言えば──
1〜2回の受講で“プロになりたい”という方は、
うちの講座とは相性がよくありません。

絵は、数回のレッスンだけで劇的に伸びる世界ではありません。
もちろん良いきっかけは掴めますが、
プロとしての基礎や体力は、どうしても時間の中で育つものです。

短期間で結果を出したいなら、
“それっぽく描けるメソッド”や
“テンプレ化された簡単技法”が良い近道になるでしょう。
実際、世の中にはそういった講座がたくさんあります。

でも、そうした方法で身につくのは、
多くの場合 「技法の断片」 だけなんです。


なぜ、そこまで結果を急ぐのか

最近は「簡単に描ける」「すぐプロ級」みたいな言葉が
世の中にあふれているので、
「絵って意外と簡単な勉強でどうにかなる」
と勘違いしてしまう人もいます。

ほんとうは絵って、
時間のかかるスキルのはずなんです。

ゆっくりと目が育ち、
手が育ち、
ようやく自分の絵になっていく。

その“見えない時間”こそが、
絵を描く人を作っていくのに。

でも、今の風潮だと
結果だけを求めて、
過程をすっ飛ばそうとする人が増えている気がします。

ただ──
結局のところ、近道で身につけたものは、
しばらくすると壁にぶつかります。

簡単メソッドで描ける“それっぽい絵”は、
最初こそ楽しいかもしれません。
けれど、それでは他の人との差別化ができなかったり、
思うように売れなかったりする。

そこで 「ああ、これではだめなんだ」 と気がついた人だけが、
静かに次の扉を開けていきます。

そこからようやく、
本当の“描く力”を求める目 が育ち始める。

実は——私自身も、その遠回りを歩いてきたひとりです。

最初の頃は、手先が器用だったこともあって
“見栄えのする絵”を描けていました。
その勢いでプロにはなったものの、
あとになって痛いほど気がついたんです。

「このままではこの先通用しない」 と。

そこから先は、
必死にあがいて、描き直して、
基礎をひとつひとつ積み直してきました。

遠回りに見える道ばかりでしたが、
今振り返れば、あの時間があったからこそ
ようやく“描く”というものの本質に
少しずつ触れられるようになった気がします。

結局のところ、描く世界に“近道”はありません。
でも、その遠回りの中でしか育たないものがあって、
その積み重ねこそが、絵の“芯”になっていくのだと思います。

情熱と自覚──絵が上達する人に共通しているもの

2026/2.28

結局のところ、絵を描く世界は
描く人の“情熱”と“自覚”がすべてだと思っています。

少し絵を習って、いきなりプロ級に──
そんな奇跡みたいなことが起こるのは、
数十年に一人いるかどうかの、生まれながらの天才だけです。

ほとんどの人はそうではない。
もちろん私自身もそうではありませんでした。

だからこそ大切なのは、

「自分に足りないものを、自分で理解しているか」
そして
「それを越えていきたいという気持ちがあるか」

この二つだけだと感じています。

上手い人は、空気を吸うように描いている

絵がうまい人を見ていると、
まるで“空気を吸うように”描いています。

特別なことをしているわけではなく、
毎日、淡々と、描くという行為を積み重ねている。

その当たり前の積み重ねが、
ほんの少しずつ、少しずつ形になっていって、
いつの間にか“上手い人”と呼ばれるようになる。

本当の上達というのは、
派手な出来事の裏側にある、
静かで、見えにくい時間の積み重ねなのだと思います。

急いては事を仕損ずる

2026/1.26

最近は「短時間で簡単に習得」できることが注目され、手軽に絵を楽しめる講座やコンテンツも増えています。

もちろんそれは、初心者の方が最初の一歩を楽しむにはとても良い流れだと思います。

けれど、もし本気で「絵描きとしてやっていきたい」と思うなら、やはり数年単位で取り組む覚悟が必要です。

そもそも美大や専門学校がなぜ存在するのか?
そこで何を学んでいるのか?

それは決して“無駄な数年間”ではありません。
基礎を学び、表現を深め、視野を広げる──そのために必要な時間なのです。

そういった学びのプロセスをすっ飛ばして、「短時間で身につくメソッド」だけで描いていると、結局は

誰でもできる=自分以外の誰かでもすぐに描けるもの

──という地点に行き着いてしまいます。

実際、そういった“簡単メソッド”は一時的に人気を得ても、
やがて似たような絵ばかりが溢れ、
描き手も観る側も埋もれていく──そんな流れを何度も見てきました。

絵を描くうえで、数年間の修練を続けることは“当然のこと”です。
でも、すぐに結果が欲しいという気持ちだけで動いていると、どうしても長続きしません。

だからこそ最後に大切なのは、やっぱりこれ。

「私は絶対に絵を描いて生きていきたい」という強い気持ちがあるかどうか。

人に言われたからでも、流行っているからでもなく、
自分自身の“描きたい”という意思があるかどうか──
そこが、すべての分かれ道になるのだと思います。

オリジナリティとは

2026/1/25

誰も描いていないような絵を描きたい。
絵を描く人なら、一度はそう思うものです。

でも実際には、多くの場合、すでにある絵の流れを“世襲”して始まるのが現実です。
そこから時間をかけて、少しずつ自分の色がにじみ出てくる──
それが自然な成り立ちなのだと、今では思います。

もちろん、最初からずば抜けた個性を持っている人もごくまれにいます。
けれど、そういう人は本当に「稀」です。


私も学生のころ、デザインは学校で学びましたが、
肝心の「絵を描くこと」は完全に独学でした。

当時は今のようにイラスト寄りの絵を教えてくれるところはなく、
好きな作家の作品を見て、真似をしながら技術を身につけていきました。

でもそれを続けていると──
当然、言われるのです。
「○○さんの絵に似てるね」と。

それがいやで、いろいろ小細工をして「自分らしさ」を出そうとしましたが、
それは結局“個性”ではなく、ただの装飾の工夫でしかなかったと、今では分かります。


絵描きとして35年以上たった今、改めて思うのは、
個性とは、いい絵をたくさん見て、自分の中で咀嚼し、何度も繰り返し昇華していく中で育っていくということ。

私自身、当時は“分かりやすく綺麗な絵”“人気のある作風”を好んでいました。
でも、時には少し背伸びをして、自分の興味外にあるジャンルにも目を向け、
地味だけれど深みのある作品にもじっくり向き合っていくうちに、
絵描きとしての「見る目」も育っていきました。

それをせずに、手近で“きれい”だと感じる絵ばかりを見ていると、
いつかは“誰かの模倣”の枠を出られなくなります。

オリジナリティとは、突然ひらめく何かではなく、積み重ねの中でしか育たないもの
これは今、私自身が一番実感していることです。


最初はもちろん、人気があり、よく見かける絵描きさんの作品に惹かれるのは自然なことです。
でも、そこで止まってしまうと、もっと多くの素晴らしい技術や表現、個性の世界に触れることなく終わってしまう。
結局は、絵描きとして“そこ止まり”になってしまうのです。

私自身、もともとはイラストレーターとしてスタートしたこともあり、
今でもコミック系やゲーム系の作品もよく見ます。
“かわいい”ものから、いわゆる“芸術”とされる作品まで──
幅広く鑑賞し続けることが、今の自分の絵を支えてくれていると感じています。

絵は好きですか?

2026.01.24

──これは、講座の最初に私が内心でよく思う問いです。

絵を学びに来る方は、もちろん「描いてみたい」という気持ちを持っていらっしゃいます。


でも、「どんな絵が好きですか?」と聞いてみると、
作家の名前が出てこなかったり、有名な方を一人か二人だけ知っている──というケースも少なくありません。

うちの講座はスピリチュアルなテーマに惹かれて来てくださる方が多いので、
入口として「神秘的で美しい世界を描きたい」と思ってくれるのはとても嬉しいことです。


ただ一方で、アートの世界には本当に素晴らしい画家や作品が無数に存在しているということも、ぜひ知ってほしいのです。

「良い絵を描きたい」と願うなら、まずは良い絵を見ることから。

けれど、もし興味の範囲が「SNSでよく見かける人」や「バズってる作品」だけにとどまってしまったら──
その先にある“深さ”や“個性”に、なかなか出会うことはできません。


個性のない、同じような方向性の絵が生まれやすくなってしまいます。

いまは、ネットでも美術館でも、手を伸ばせば名画に触れられる時代です。
だからこそ、「描くために学ぶ」のと同じくらい「知ることにも時間を使ってほしい」と思います。

絵を描くとは、好きなものに心を寄せていくことでもあるから。
“描くこと”と“見ること”は、いつも繋がっています

「絵を仕事にする」ということについて、少しだけ現実の話をします。

2026.01.08

アート講座にはときどき、
「絵を仕事にしたい」
「絵で生計を立てていきたい」
──そういう想いを持って来られる方がいます。

その気持ちはとてもよくわかりますし、
私自身もずっと、絵を描きながら歩んできました。

でもここで一度、「絵を仕事にする」ということの現実について
少し立ち止まって考えてみてほしいのです。

まず、ほとんどの絵描きが「描いた絵を売るだけ」で
生活しているわけではありません。

実際には──
・イラストやデザインの仕事をしたり
・講師業や、受注制作を行ったり
・並行して自分の作品も販売したり

そうやって“いくつかの柱”を組み合わせながら、
地道に生計を立てているのが現実です。

仮に「絵だけで」と考えるなら、
それは相当なレベルの売れっ子でないと難しいのが現実です。
メンタル的にも非常に負荷がかかる道でもあります。


あるとき、講座に来られた方がこうおっしゃっていました。
「ポストカードでも販売して、仕事にできれば…」と。

たとえば、1枚200円のポストカードを月の生活費にするには、
何枚売ればいいでしょう?

・月20万円稼ぎたければ、1,000枚。
・月5万円でも、250枚。

印刷コストや発送の手間を差し引いたら、
もっと売らないといけない。

それでは、オーダー作品を販売するならどうでしょうか?
単価2万円の絵を、月に何枚描けばよいか?
そもそも、そんなに安定して依頼が来るのか?

──これが、「絵を仕事にする」現実のひとつです。


夢がない話のように聞こえたかもしれません。
でも、これは夢を叶えるための“土台”として知っておいてほしい現実です。

「絵を仕事にしたい」
そう思ったら、まずは
“どんな働き方が自分に合うか”を見つけることから始めてください。

・講師になりたい?
・商品をつくりたい?
・個展で販売したい?
・ネットで受注を受けたい?

その上で、必要なスキルや時間・継続力を逆算していくことが、
絵の道を“仕事”に変えていく第一歩になります。


「夢を現実にする」って、
とても静かな、地味な作業です。

でもその道のりを
一歩ずつ歩いていく先に「プロの絵描き」があるんです。

ノウハウの時代に、あえて「絵の力」の話をします

2026.01.05

今は、絵を学ぶための「ノウハウ」がとても充実しています。
SNSの使い方、集客方法、パッケージングのコツ──
“どう売るか”に関する情報は、昔に比べて驚くほど増えました。

たしかに、それは大切なことです。
絵の道を目指すなら、「描くだけ」では届かない時代
私自身も、絵を仕事にする中で営業や集客を学び、
軌道に乗せてきた経験があります。

でも最近、少しだけ違和感を感じることがあります。

ノウハウの話になると、
「売れないのは絵のせいじゃない、売り方が悪いから」
という言葉をよく見かけます。

でも、本当にそうでしょうか?

私はイラストレーターとして駆け出しだった頃、
ネットもなく、営業もすべて実地で学ぶしかありませんでした。
出版社にポートフォリオを持ち込んでは断られ、
それでも仕事のチャンスをいただくたびに
自分の絵の“未熟さ”に、何度も向き合わされました。

現場で突きつけられるのは、
営業よりもなによりも──
「絵に力があるかどうか」。

もちろん今は、キャラクター性や発信力で評価される時代です。
“自分自身を売る”ことが求められる面もあります。

でもそれもまた、一つの“才能”です。

ノウハウを学べば誰でもキャラで売れる──
そんなに単純な話でもないと思うのです。

だから私は、こう思っています。

ノウハウ8:絵の力2、ではなくて
絵の力6:営業力4
──むしろ、絵の力が7でも8でもいいくらい。

だからこそ、
絵描きを目指す人には伝えたいのです。

“どう売るか”も大切にしながら、
「絵の力」を磨く努力を、どうか忘れないでほしい。

派手ではなくても、キャラが強くなくても、
しっかりとした絵の魅力がある人は、
きっとちゃんと届く時が来るから。

“ほめて伸ばす”だけでは伝わらないこともある

2026.01.03

絵を教えるとき、
「悪いところには触れず、いいところだけを伝えて伸ばす」──
そんな教え方もあります。
それはそれで、やさしさのある素晴らしいやり方です。

けれど、基礎力のような土台は、
時間をかけてじっくり育てるもの。
どれだけ絵が魅力的でも、
その土台が不安定なら、どこか説得力に欠けてしまうこともあります。

特に、デッサンの崩れは、
最初のうちは自分では気づけないことが多い。
誰かに指摘されて初めて「ズレていた」とわかる。

かつて人に指摘されて初めて気づいたことがありました。
心のどこかでは、
「なんとなく違和感がある」と思っていたのに、
自分では確信が持てず、そのままにしていたのです。

できていないところを“きちんと伝える”ことも、
ときには大切なやさしさ。
私はそう思っています。

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